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誉田真大学一年。泳ぐのが好き(阿江)
ここについて

No.100


ストショコ自陣二次創作小説 ネタバレあり



 ショコラトリー「へデラ」の味は落ちた、と言われている。イジー自身もそれに異論はない。
 チョコレートの温度変化への理解が格段に落ちた。ほんの少しの装飾がこれまでのようにはいかない。ひとつひとつの些細なずれは連関し、舌触りや香りとして現れ、少しずつ「へデラ」の評判を落としていった。
 何かショックなことでもあったのか、実は怪我でもしているのではないか、と、親切な美食家たちにたびたび問われてきた。
 いいえ、むしろ、今までがズルをしてきたようなものですから。
 とは、言わないけれど。イジーは曖昧に微笑んで、精進します。と返し続けた。
「きょうもおつかれさま、イジー。」
 リンリンと祝福を告げる鈴のような声がイジーを迎える。ズーが紅茶を淹れてくれていた。キッチンに入ってもおかしなことにならなくなったズーは、最初は恐々と、今では手慣れた様子でキッチンを満喫するようになった。イジーと暮らす家をあらためて居場所として認知しつつあるのか、彼女なりの装飾も行うようになった。暖かな深赤色のテーブルクロスは、彼女の選んだものだ。
 白いカップに満たされた濃い飴色の液体には、イジーの疲れた顔が浮かんでいた。自分の澱んだ視線と目を合わせないようにして紅茶を飲み下す。温かい液体は体の芯を通って確実に温めてくれた。
「イジー、元気ない?」
 鈴の音が心細そうに鳴る。大きな瞳がこちらを見つめる。今まさに彼女から元気をもらって温かくなれたというのに、イジーは即座に返事ができなかった。
「あしたはお休み、だからー。ゆっくりしよ?」
「……そうだね。」
「ん!」
「ズー。」
「なに?」
「紅茶、ありがとう。すごくおいしかったよ。」
「……うん!」
 こういうとき、こういうときだ。自分が才能を手放したことを悔いるのは。
 いや、手放しただなんて。元々自分のものではなかったけれど。
 人に優しく、感謝を忘れず。他のことに気を取られると、こういうことが疎かになる。そうはなりたくなかったのに。
「イジー」
「……ん、なんだい?」
「ズー、明日、いきたいとこがあるの。」
 そう言われて目線を上げれば、ズーはクリスマスマーケットのチラシを掲げていて。
 彼女が指で指し示す先はアイスクリーム屋さん。きっとあの不思議なところとは違うかもしれないけれど、ふたりがにこにこと微笑むことができるであろう場所。
 今度は泣いてしまう子供がいないといい。

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