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誉田真大学一年。泳ぐのが好き(阿江)
ここについて

No.86

日根野清
いいねしたよその子との存在しない小説の一文を抜粋する

絢木さんへ
(ごめんなさいややBLかも!!!!) 天鳥HO12

 



 あの夏のあと。
 

 スタジオですれ違った芥には髭が生えていた。日根野はそれを見て、つい「ごくろうさま」と口走ってしまった。
 「……どうして?」
 “いつも”とは違う、柔らかな笑みを浮かべて、芥は──、皇、芥は、こちらをのぞき込んでくる。距離が近いな、と感じた。“いつも”より。
「ああいや、伸ばすの大変だろうと思ってさ」
 あらゆる役に”成れる”彼は、あらゆるファッションを着こなす。化粧だってなんだって。最初は違和感を生んでも、時間がかかっても、まるでずっとその装いだったかのように、なれる。
 ただ、体質自体は変えることができない。彼の髭は細くやわらかで、ここまで伸びて生えそろうまでにだいぶかかっただろうと想像できた。髭を生やすようにできていないからだだな、と、夕飯時には顎がざらつく身として素直に思った。羨ましい半面、こういう役どころが来た時の苦労を思う。
 芥はもう“彼”になっているから、「伸ばした」という自覚も薄くなっているのかもしれない。日根野の言った意味を分かっているのかわかっていないのかあいまいな態度だった。でも
「またね、キヨ」
 すれ違いざまの“彼”の声が非常に甘いものだったから。そんな声で、それでも自分の名を、“芥”の呼び方で呼ぶものだから。
 だからこんなことを思うのだ。

 ──“彼”のとき、キスの仕方も変わるものなのだろうか。

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