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誉田真大学一年。泳ぐのが好き(阿江)
ここについて

No.90

半藤斐文
紙魚のうた・最強LOVERSネタバレ 七夜の恋人たちのウォーミングアップ小説


「じゃあお前は、その夷川ってやつとセックスをしたわけだ。それも2回も。」
「そうですね。」
 ここはどこだろう。白く柔らかい印象の壁紙や床、そして観葉植物、手元にはクッション。かつて担当していた作家の付き添いで行ったカウンセラー室を思い出した。
「そいつの前で裸を晒したってことだろう?それをしてどうだった。」
「どうも、こうも。」
「セックスは気持ちよかった?」
「痛くはありませんでした。多分、そういう仕様に体がなっていたんだと思います。」
 目の前にいるのは誰だろう。友人のような気がしたけど、こんな話をする友人が自分にはいただろうか。なんだか妙に高飛車な言い方で、こちらを抑圧するようなそぶりだ。ぱさついた明るい髪をがりがりと掻いて、足も組んでいる。目線も合わせない。カウンセラー室には似つかわしくない性根の人物に思えた。
「気持ちよかった?」
 相手がもう一度同じ質問をしてきたから、半藤は記憶を探って自身の感覚を確かめなければならなくなった。あのときは、とにかく彼と離れたくなくて、離れたくないなあ、と思ったら触れることができて、確かあたたかった。重たいものを抱えていたら解放されて、また重たくなって、気分がどんどん自分の支配を外れていった。だから、
「快楽はあったと思いますが、居心地は悪かったです。」
「それはどうして?」
「自分をコントロールできない気がして。」
「自分を、コントロールしたい?」
「コントロールした方がいい、と思います。」
「どうして?コントロールしていない人間をみっともないと思う?」
「それは、時と場合によります。だけれど、」
 自分をコントロールできていない自分は、みっともないし、交流するに値しないと思う。
 だって、自分には、本になるほどの何かなんか、一つもなかったわけだし。
「へえ。じゃあそのみっともない姿を見た夷川……さんは、お前を嫌悪したのかな。」
「いや……。」
 むしろその逆で。すこし、好きだと言っていた。この気分が整理されないと、仕事に支障が出るくらい、だと。
 だから彼はあの川で、おそらく、自分を好きになったきっかけに及ぶ範囲の、「気まずい部分」を忘れ去った。
 そういうと目の前の男は顔を上げた。今までちっとも目が合わなかったのに、なぜだかじっとりと、顔を見つめられた、ような気がした。
「いやだった?」
「え」
 目が合う。男の──脱色して桃色に染められた髪が邪魔して、右目が見えにくいな、と思った。

 目が覚めた。畳む

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